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奄美春秋



※管理人が奄美新聞に書いたコラムです。

 先日、大河ドラマ「八重の桜」が終了した。私事で恐縮だが、筆者の母校・同志社が後半クローズアップされた。創始者・新島襄とその妻・八重の生き様や建学に込めた想いを、卒業して15年後に期せず知ることになり、いろいろ考えさせられた。
 最終回の一コマ。日清戦争時に、八重は従軍篤志看護婦として、広島陸軍予備病院にいた。そこに徳富蘇峰が取材に訪れる。雑誌を通じ好戦論をあおる徳富に八重は疑問を呈す。
 この話が史実かどうかは分からない。ただ明治維新以降、脱亜入欧、富国強兵、殖産興業にまい進し、帝国主義の道を突き進み、太平洋戦争の敗戦と進む中で、日本のジャーナリズムがその流れを止める役割を果たせなかったことは歴史の事実だろう。国を愛する気持ちが、いつの間にか排外主義なナショナリズムにすり替わった原点をこのシーンは象徴している。
 徳富にとっての恩師である襄も「愛国者」だったと八重は語る。だがそれは「そこに暮らす人々を愛することだ」と説く。尖閣諸島や竹島問題、特定秘密保護法の成立…「愛国」が「排外的なナショナリズム」に変わる危険性は残念ながら、100年経った現在でもある。「国家のため」という大義名分が悲惨な戦争を許容した歴史を忘れてはなるまい。国を愛するとは人を愛すること。襄や八重が説いた「同志社精神」を受け継ぎたい。
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テーマ:このままで、いいのか日本 - ジャンル:政治・経済

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