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球夏2015第15日
鹿実、投手戦を制す!
鹿城西も6年ぶり4強へ

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【準々決勝・鹿児島実―出水中央】完封勝利を挙げ、会心のガッツポーズの鹿実のエース橋本=県立鴨池
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【準々決勝・徳之島―鹿児島城西】6回裏鹿城西一死一三塁、9番・上原がスクイズを決め、4-1とする=県立鴨池

 第97回全国高校野球選手権鹿児島大会第15日は7月22日、鹿児島市の県立鴨池球場で準々決勝残り2試合があり、ベスト4が出そろった。


詳細な観戦レポートと写真は「高校野球ドットコム・鹿児島版」に掲載!

第15日の結果報告はこの文字をクリック!
鹿実―出水中央戦はこの文字をクリック!
徳之島―鹿城西戦はこの文字をクリック!

※鹿実―出水中央戦の熱戦フォトグラフはこの文字をクリック!
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◇22日の結果
・準々決勝(県立鴨池)
鹿児島実 1-0 出水中央
鹿児島城西 6-1 徳之島

◇24日の試合
・準決勝(県立鴨池)
10:00 神村学園―鹿児島実
12:30 鹿児島城西―鹿児島情報

口角上げて、リラックス
鹿実

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 鹿児島実・橋本拓実、出水中央・溝口凌平、両エースが火花を散らした投手戦は、間違いなくこれまでの今大会の試合の中で最高レベルの投手戦だった。
 橋本は最速142キロ、常速は130キロ台後半の直球を主体に力投。対する溝口は、直球の球速は120台後半から130前半だが、両コーナーを厳しく突く投球で相手打線を翻ろうする。序盤から両投手の好投を攻略できないまま、がっぷり四つに組んだまま、終盤を迎える。
 先にチャンスを作ったのは出水中央だった。六回、二死から3番・宮田がセンター前ヒットで出塁し、4番・柏木が初球でヒットエンドランを仕掛ける。センター前ヒットで一走・宮田が三塁まで進み、この試合両チームを通じて初めてのビッグチャンスを作った。
 鹿実・宮下正一監督は背番号15の森口主将を伝令に送る。マウンドに集まった野手が人差し指を横にして噛むしぐさをやっている=写真=。「口角を上げて表情を明るくすると、リラックスする効果があると久保克之総監督さんに教わりました」と橋本。続く5番・和田はファールで粘ってフルカウントとなったところで強振。打球は右中間方向への大飛球となり、長打かと思われたが、レフト方向に吹く風に押し戻されたのか、中堅手・安藤の守備範囲で最初にして最大のピンチをしのいだ。
 溝口の好投の前に八回まで2安打に抑えられていた鹿実打線が九回に意地を見せる。先頭の4番・綿屋が四球を選び、送りバントが決まって一死二塁と久々にスコアリングポジションに走者を進めた。6番・板越夕桂に2球連続ボールとなったところで、出水中央・荒木淳監督が伝令を送った。
 「内角が来たらごめんなさいで、外一本に絞っていけ!」。投球が再開されるまでの間に宮下監督が指示を送る。板越は「六回のチャンスで凡退したので借りを返したかった。橋本さんが頑張っていたので何としても1点取りたかった」。伝令が出た後の初球、狙い通りの外角低めの直球をレフト線に運ぶタイムリー二塁打になった。
 その裏は橋本が三者凡退で打ち取って1時間45分のスピードゲームにケリをつけ、春の準々決勝を延長戦でサヨナラ負けした雪辱を晴らした。今大会はこれまで3試合コールドゲームで初めての接戦だったが「厳しい試合をものにしたことが力になる」と宮下監督。決勝をかけて挑むのは最大のライバル神村学園。エース橋本は「今年はまだ対戦したことがないので、チャレンジャーのつもりで思い切りぶつかる」と闘志を燃やしていた。

「徳高のユニホームが似合う選手になった」
徳之島(奄美新聞掲載)

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 奄美勢のみならず、公立校最後の砦の意地と、35年ぶりの夏4強をかけて、シード鹿児島城西に挑んだ徳之島だったが、相手の地力に跳ね返された。
 4回戦のれいめい戦同様「面白く、大胆に」(田村正和監督)の徳高野球をぶつけるのみ。だが、相手のエース上原の予想以上の出来に、自慢の打線を封じられた。両コーナーを丁寧に突く投球をとらえ切れず、先頭打者をなかなか出せなかった。
 れいめいの強力打線を相手に完投し、中2日で鹿城西に挑んだエース野崎だったが、ボールが高めに浮き、甘くなったところを要注意打者の1番・金城、3番・田中、4番・石神らに痛打された。過去4試合で1失策の堅守でも、踏ん張り切れず、中盤以降ジリジリと点差が開いた。
 試合は相手より1試合多い5試合目、鹿児島滞在も2週間を超えた。攻守ともに粘ろうとする意志はあったが、それを表現することができず、力尽きた。
 「ミスもあったけど、全力は出し切ったので悔いはないです
 喜多川大地主将はさわやかに言い切る。得点は犠飛で挙げたわずか1点=写真=だったが、徳高らしい積極的な攻めで奪ったものだ。わずか5安打だったが、スピードがあって反動で振り戻るほどのフルスイングは、最後までやり切った。
 目指す甲子園まではまだまだ遠い道のりだ。だが、これまで3度挑んで跳ね返されたベスト16の壁を突破し、8年ぶりの8強入りを果たしたのは、強打、足攻、堅守の徳高野球が「確かな力」になったことを証明してみせた成果だ。
 「徳高のユニホームが似合う選手になった」
 3年生と一緒に野球ができない寂しさに男泣きしながら、田村監督は選手たちに最大の賛辞を惜しまなかった。

「最高の終わり方ができた」
徳之島・野崎龍正投手=写真右=(熱球譜・奄美新聞掲載)

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 4強入りがかかった晴れの舞台は、島からも大勢の同級生や応援団が駆けつけた。4回戦のれいめい戦から中2日のマウンドだったが「アドレナリンは出ていました」。
 だが、れいめい戦のようなボールの走りとキレがなかった。3回戦の志布志戦から3戦連続の先発、初戦から5試合全部で登板…体力には自信があって「沖縄遠征で5日連続投げても平気な顔をしている」(田村正和監督)エースといえども、疲労を隠し切れなかった。高めに浮いたところを序盤から痛打され、先手を取られた。
 力で押すことはできない分、変化球をいつもより多めに使ってかわす投球に活路を見出そうとした。捕手の新田和輝が出すサインを信じ、守ってくれる野手に全幅の信頼をおいて、最後までマウンドを死守した。
 昨秋と今春、田村監督が与えた背番号は「10」。抜群の能力を持っていながらエース番号を渡さなかった。その頃は「野手を信頼できなかった」。ひとたび調子が狂えば、独りよがりな投球をしてしまう。「1番」をつける投手は「チームを背負う覚悟がいる」(田村監督)。それがようやく理解して投げられるようになったのは、夏前の地区大会だった。
 鹿児島出発直前に胃腸炎で入院し、投げられるかどうかも不安だったが、この夏は「1番」の名に恥じない投球をやり切れた。「龍生が頑張ってくれなかったら、ここまでワクワクするような野球は作れなかった」と田村監督は快進撃の原動力になったエースの力投をたたえる。目指す甲子園には届かなかったが「最高の終わり方ができたのかな」と笑顔で締めくくっていた。

「島が一つになった」
島から応援団

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 8年ぶりの8強入りを果たした徳之島を応援しようと、学校や島から大応援団が駆けつけた。
 音楽部員48人に有志の生徒ら約130人が前夜のフェリーで鹿児島に向けて出発。大雨の予報も出ており、試合があるかどうか心配されたが、引率の馬場昭浩教頭は「無事試合ができてホッとしました」と安どし「選手たちを元気づける応援をしたい」と張り切っていた。
 島からやってきた生徒、保護者らに加え、徳之島出身者も多数一塁側スタンドに駆けつけ、スタンドの一角が緑色の「徳高カラー」に染まった。試合は序盤から劣勢続きで、苦しい展開だったが、グラウンドの選手たちと同様、応援団も最後まであきらめない声援を送り続けた。
 中盤、ようやく盛り返して1点を返すと、ハトやチヂンの音色にワイド、ワイドの踊りも加わって一気に盛り上がりが最高潮に達した。力及ばず敗れたが「よくやったぞ!」とねぎらいの声援と拍手が選手たちに送られた。
 「普段、島で頑張っている子供たちが晴れの舞台で輝く姿を、こんなにも大勢の島の人たちに応援して支えていただいたことに感謝したい」と田村正和監督は感極まる。応援団長の重原将輝君(3年)は「即席の応援でちゃんとできるか、不安だったけど、みんなで一丸となって応援できた。野球部の活躍で島全体が盛り上がり、島を一つにしてくれた」と感想を話していた。

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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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