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16正月特集・鹿児島ユナイテッド・後編
「もっと鹿児島をひとつに」への挑戦・後編
鹿児島ユナイテッドFC

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◇新たな「祭り」の創造

 J3参入には、JFLでの戦績のみならず、ホームスタジアムや練習場の整備、財務体制の強化、行政の協力が得られるかなど、運営面の基準がある。ホームゲームで1試合平均2000人、年間15試合で3万人というのもその一つ。15年シーズン、鹿児島Uの観客動員は39361人でこれをクリアした。「鹿児島に新たな『祭り』を創造する」(德重剛代表)を掲げて、チームスタッフやサポーターが一丸となり、この数字をクリアする力になった。

 シーズン開幕前、観客動員に関して大きな「ハンディー」を抱えていた。ホームスタジアムを想定している県立鴨池陸上競技場が、改修工事中で使用の見込みが立たない。今季のメーンのホームゲームは市内中山の県立サッカー・ラグビー場だった。14年にオープンし、グラウンドとしては申し分ないが、場所が市街地から離れており、交通アクセスの良い場所ではない。
 開幕戦は2723人を集めて盛況だったが、第3節の栃木ウーヴァ戦は1711人、第5節のF岡山ネクスト戦は1338人と回を重ねるごとに減っていった。試合内容は前述したように劇的で、サッカーファンを楽しませられる内容だったにも関わらず、集客が思うように伸び悩んだことに運営側は危機感を募らせた。
 「サッカーの試合、90分間だけでお客さんを満足させることは難しい」と德重代表は痛感する。会場にはサッカーに興味がない女性や子供も多い。休日にやりたいことは十人十色ある中で、映画、ショッピング、テーマパーク、パチンコ…そういった「ライバル」よりも「鹿児島Uの試合を見る」ことを選んでもらうためにはどうすればいいか?
 そのために考えたのが、サッカー以外の「楽しみ」をスタジアムで演出し「お祭り」のような雰囲気を作り出すことだった。
 4月29日のヴェルスパ大分戦を「こどもまつり」と銘打って高校生以下を、5月10日のソニー仙台戦を「母の日まつり」として18歳以上の女性を、それぞれ無料とした。「母の日」には先着150人の女性にカーネーションをプレゼントした。
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 子供たちの遊び場として、「ふわふわ」=写真=を設置。鹿児島イメージキャラクターの「ぐりぶー」「さくらちゃん」のエアテント内で飛んだり跳ねたりするのは、子供の大好きな遊びだ。監視員もついているので、親がサッカーを観戦している間、安心して子供を預けることができる。
 「スタジアムで火が使えるようになったのは大きい」と德重代表。これまで県のスポーツ施設などは条例などで、火を使って飲食物を提供することが、禁じられていたが、県との話し合いでそれが可能になった。うどん、そば、空揚げ、フィッシュ&チップス…お祭りに「屋台」は欠かせない舞台装置だ。鴨池であった最終戦では、メーンスポンサーの一つでもある長島研醸が焼酎の「振る舞い酒」をしていた。
 県立サッカー・ラグビー場や姶良で試合があるときは、鹿児島中央駅からの無料シャトルバスを運行させた。最初は利用者も少なかったが「バスを使えば会場でお酒が飲めるということで利用者が増えた」(德重代表)。
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 鴨池では「ユナステ」と題して、地元アイドルや若手ミュージシャンのコンサートをした。「これはあまみエフエムさんのアイディアなんです」と德重代表。奄美でホームゲームがあった際に、あまみエフエムが企画して、島唄ライブや高校生バンドなどのコンサートをやっていたことにヒントを得て、実施したものだった。
 フィールド外のイベントに関しては、チームだけでなく、鹿児島県や鹿児島市、姶良で開催された際は姶良市と、行政を交えて、実行員会を組織して主催した。イメージキャラクターの「ぐりぶー」や「さくらちゃん」が使えたり、無料のシャトルバスが運行できたのは、行政の物心両面の協力があって実現したことだ。

 初めての奄美開催で3075人を動員できたのは「奄美市サッカー協会をはじめ、奄美の方々の協力のおかげ」と德重代表は頭を下げる。
 開催が決まった4月の段階から運営担当の湯脇健一郎氏らがこまめに奄美に足を運び、関係者と打ち合わせを重ねて準備をしていた。10月25日は台風直撃の予報も出ていた中で、直前で台風が消えるという奇跡が起き、加えて台風の影響で相撲大会が中止になったこともあって、ホームゲームで初めて3000人を超えることができた。最終戦の鴨池では、最多8656人の観客と、JFL卒業、J3参入を祝うことができた。

 德重代表は「最後の鴨池だけ人が集まって、辛うじて3万人クリアだけはしたくない」気持ちで集客に取り組んだという。実際、最終戦の前で目標は達成できたがいろいろ試行錯誤しても「集客にこれという特効薬はない」と実感した。
 大量に観客を動員するために、スポンサー企業に無料チケットを配って動員するという手もあるが「それだけはしたくなかった」。お付き合いではなく、純粋にサッカーやあの場の祭りの雰囲気を楽しみたい人に来てもらいたいという想いがあった。「そうでなければ、続けてきてもらうことにつながらない」と確信していたからだ。
 ひとつだけいえたのは「サポーターの協力」が動員の力になったことだ。3万人動員しなければJに上がれないという危機感を共有した熱心なサポーターたちが、ツイッターやフェイスブックなどSNSで情報発信したりして、動員を呼び掛けてくれた。「チームのことを『わがこと』として当事者意識をもって取り組んでくれたこと」に德重代表は、鹿児島Uが少しずつ地域に根付き始めていることを実感できた。

◇これからは「地域力」の戦い

 ヴォルカ鹿児島とFC鹿児島。九州リーグでしのぎを削っていた強力なライバル同士が13年に「大同団結」して14年に鹿児島Uが誕生した。鹿児島のプロチームとして初めてJFLという「全国リーグ」を戦った。
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 「チームをどう運営していくか、手探り続き」(德重代表)の1年目だったが、鹿児島銀行、南国殖産など県内の大手企業がスポンサーについたことで弾みがつき、215社の協賛をえることができた。2年目は355社に増えた。費用対効果が期待できるほどの媒体力はまだないが「お祭りへの協賛をお願いする」感覚で各企業への協力を呼び掛けた。戦績も1年目で年間3位と好成績を収めたことで、15年は明確に「J3参入」を掲げて活動できた。その集大成が11月17日、Jリーグ理事会からの参入承認の連絡であり、德重代表の「男泣き」=写真=だった。

 「これからは『地域力』の勝負になってくる」

 晴れて16年、J3に挑む德重代表は力強く語る。鹿児島Uが大分トリニータやFC琉球と対戦するのは、単にチーム同士がサッカーの勝ち負けを競うだけでなく「鹿児島VS大分」「鹿児島VS沖縄」で「地域力」を競う場になるのだ。その戦いに正々堂々と「勝利」するために必要なのは「チームスローガンで掲げた通り、もっと、もっと鹿児島をひとつにする」ことだと德重代表は信じている。

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テーマ:サッカー - ジャンル:スポーツ

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