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ひと紀行「夢念夢想」第4回
「可能性」「生きる力」を切り開く!
山元晃一さん
(鹿児島バルダーズ監督、県高体連理事長)

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 県の知的障がい者バスケットボール選抜チーム「鹿児島バルダーズ」が発足して3年目を迎える。2020年に鹿児島で開催される全国障害者スポーツ大会に向けて結成されたバルダーズは4月の九州ブロック予選会で男子が公式戦初勝利を挙げ、3位と健闘した。発足して約1年になる女子チームも公式戦を経験した。
 「バスケットボールを通じてこの子たちの可能性、社会で生きていく力を育てたい」
 チームを指揮する山元晃一さんは常々言い続けている。2月には知的障がい者バスケットボールの日本代表チームのコーチとしてオーストラリア遠征にも帯同した。この4月からは県高体連の理事長に就任し、知的障がいスポーツだけでなく、2年後に迫った南部九州インターハイ、3年後の鹿児島国体でも重責を担う。3年目を迎えたバルダーズへの想い、障がい者スポーツの現状などを語ってもらった


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・難しいことでも…
 バルダーズの練習は週1回、週末の土曜日に鹿児島市のハートピア鹿児島などで開催される。メンバーの大半はバルダーズに入って初めてバスケットボールにふれた選手が大半だが、この2年あまりの間で「男子はものすごくレベルが上がりました」と手ごたえを感じている。
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 腰を落とした低い姿勢でステップを繰り返すフットワークから始まり、1対1、2対1、3対2での攻撃、守備の簡単なフォーメーションなど、健常者のチームと何ら変わらないメニューを淡々とこなし、不格好ながらプレーする姿がだんだんと様になっている。発足当初、まともにドリブルもつけず、相手にきちんとパスを届けることもままならなかった頃からすれば格段の進歩だ。
 「低い姿勢を維持!」「自分で決めつけないで、相手を見てプレーを!」…いろんなアドバイスを選手たちに何度も語りかける。田平敦史は中学時代、バスケットボール経験があり、能力は高いがその分、独りよがりなプレーになりがちなところがある。攻撃2人で守備1人をかわしてリングに向かおうとしたとき、不用意なパスを出してカットされた。
 「守備の位置を見たか? 自分でドリブルした方が抜けるんじゃないの?」。
 プレーを止めて、なぜそこでパスを選択したか、問い質し、妥協なく指導する。厳しいようだが、追い詰められた状況になると、言い訳をして逃げてしまう選手は多い。難しいことだが自分がなぜミスをしたか、冷静に考え、言い訳をしないで自分を受け入れるようになることは社会で生きていく上でも絶対に必要な習慣だ。
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 バスケットボールの専門的な指導は、経験のない健常者でも理解に時間がかかりそうにもみえるが「難しいことでも、とにかくやらせてみて、何度でも繰り返していくとできるようになるものですよ」と確信している。対戦相手になるチームは、マンツーマンで個人を守るよりは、地域を守るゾーンディフェンスを敷いてくることが多いが、「この子たちはゾーンオフェンスもできるようになったんですよ」と胸を張る。

・「打倒!福岡市」を目指して
 4月に沖縄であった九州ブロック予選会で、バルダーズ男子は初戦で福岡県選抜を79-50で下し、公式戦初勝利を挙げた。続く準決勝では福岡市選抜に51-122の大差で敗れたが、3位決定戦では沖縄県選抜に67-34で勝利した。チームの成長を実感すると同時に「これから何をすべきか」の課題もはっきり見えた。
 地元開催で出場できる20年の前に、九州ブロック予選会を勝って全国を経験しておきたい。そのためには、伝統があり個々の能力も高く現在4連覇中の福岡市に勝たなければならない。ダブルスコア以上の大差がついたが「捕まえるチャンスがなかったわけではない」という。前半は18-23、18-25と、調子が悪く、思い通りにプレーできない時間帯も我慢して1桁得点差で食らいついていた。
 だが後半に入って「我慢の糸」が切れてしまうと、チームとして全く機能しなくなり、4-34、11-40と自滅した。福岡市に勝つのは至難の業にみえるが、「一人ひとりが40分間、最後までしっかり我慢して戦うことができるようにたくましく成長し、チームとして私が必要と想定している戦術を身につけてくれれば」実現可能であることも確かめられた。

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・「優しさ」「笑顔」を忘れないために
 1996年、26歳の時に両親の故郷である鹿児島で正式に体育教員となった。初任地が武岡台養護学校だったこともあって知的障がい者のバスケットボールに縁ができた。バルダーズの活動を始めたことで、最近は障がい者理解についての講演などに呼ばれることがある。
 人間も生物である以上、6%の確率で知能指数75以下の知的障がいのある子は生まれてくるという。単純に考えれば40人の学級に1、2人は障がいを抱えた子がいても何の不思議はない。
 「なぜ障がいのある子が生まれてくるのか?」
 その問いにひとつの明確な答えを持っている。
 「私たちに『笑顔』と『優しさ』を忘れさせないためです」
 実際に、彼らとバスケットボールを通じて触れあう中で、彼らから「笑顔」と「優しさ」をもらうことができることを実感している。彼らは何歳になっても、純粋な笑顔と素直な心を持ち続けることができるから、身近にいるたくさんの人に「笑顔」と「優しさ」を教えることができる。

 見た目で分かる身体障がい者に比べて、健常者と見た目が何ら変わらない知的障がい者は、差別されたり、可能性を否定され続けた歴史がある。特に日本は世界と比べても知的障がいに対する「社会の理解が遅れている」と、日本代表コーチとして豪州遠征に参加した際に感じた。
 参加した大会は豪州の州選抜チーム同士が覇を競う「豪州版の国体」のような大会だ。驚いたのは同じ大会、会場で通常のU20の試合もやっていたことだ。日本では国体と全国障害者大会は別大会で開催される。例えるなら、国体のバスケットで「成年男子」「少年女子」とカテゴリーが分かれているのと同じように、「知的障がい男子」と「U20男子」が同じ大会のカテゴリーとしてある。試合によっては知的障がいの試合が大観衆の見守るメーンコートで開催されることもあるという。知的障がいが当たり前に社会に受け入れられていることを体感できた貴重な体験だった。
 近年、障がいとはその人の中に存在するものではなく、その人と環境の間に摩擦のように生じているものであるというとらえ方に変わってきている。何らかの不自由さがあったとしても、何も困ることがない社会であれば、すべての人が幸せに暮らしていける。
 「どんな障がいがあっても、あきらめず、正面から向かい合っていけば、何か輝く可能性を持っている」。一貫してぶれない信念だ。

 練習の最後のミニゲーム。ダウン症のある時任麟もゲームに参加した。パスも、ドリブルも覚束なく、誰かが付き添わないと、すぐに練習から外れてしまう選手だが、チームメートは分け隔てなく、パスを送る。
フリースローラインの外側付近でボールを受けた麟は何を思ったか、リングに背を向けて後ろ向きにボールを放り投げた。バックボードの最上段に当たったボールが、何かに魅入られたようにリングに吸い込まれた。どんな教則本にも載っていないが、まぎれもない得点になった「シュート」だった。
 「ダウン症の子はみんなを笑顔にする天才的な才能を持っている」と話した山元さんの言葉は真実味を帯びていた。

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 【メモ】やまもと・こういち。1969年9月14日生まれ。神奈川県出身。順天堂大卒。96年から鹿児島県の体育教員に正式採用。鹿屋工高、出水高などでバスケットボール部監督。国体成年男子、少年男子の監督も務める。17年4月から県高体連理事長。

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テーマ:バスケットボール(日本) - ジャンル:スポーツ

コメント
この記事へのコメント
全ての人にスポーツをするチャンスを!
 ハンディがある人がスポーツをしていると「壁を乗り越えて頑張っている」と言う印象があるようですね.記事を読んで,こんな話を思い出しました.
 (身体にハンディがある方が)「ジョギングしていたら『パラリンピックを目指しているんですか?』と声を掛けられた.ただ体を動かしたかっただけ何だけど.普通にジョギングしている人に『オリンピック目指しているんですか?』って言わないよね.」
 みんなが普通にスポーツを楽しめる,またその光景が日常の光景になりますように.
2017/05/09(火) 11:54:10 | URL | T.S. #-[ 編集]
なるほど、その発想は気づかなかったです。ハンディーの有無に関わらず、誰もが当たり前にスポーツを楽しめる社会づくりが大事ですね。
2017/05/10(水) 07:52:37 | URL | つかさ #-[ 編集]
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