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ベースボールコラム「球道夢現」第18回
「考える野球」とは?
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 今年の全日本大学野球選手権に初出場し、国立大学としては7年ぶりに初戦突破した和歌山大は昨年に続き、2年連続で8月に鹿児島で合宿した。和歌山からバスとフェリーで丸一日かけてまで鹿児島にやってくるのは、チームを指揮する大原弘監督が師と仰ぐ鹿児島大・中野泰造ヘッドコーチの野球を体感するためである。




 和歌山大が目指す野球は「分かりやすく言えば『考える野球』です」と大原監督。戦力的には圧倒的に分が悪い国立大で、強豪私学と伍していくために大原監督が取り入れているのが、かつて東亜大を率いて3度、日本一を成し遂げた中野コーチの野球だ。昨年は2回生以上を連れてきたが、今回は1回生から4回生までの部員51人、マネジャー7人の計58人全員を連れてきた。「百聞は一見に如かずということです」と大原監督。チームが目指す野球を全員に浸透させるには全員で体感させるにかぎる。
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 鹿児島滞在の4日間で、鹿大や東亜大などと9試合をこなした。試合中は「相手はなぜ、そのプレーをしたのか、上級生が中心になって常にベンチで話し合っていた」(大原監督)。ランナー一塁、正面の、捕れるか捕れないかの微妙な打球をセンターが一か八かで捕りにいって後逸、1点が入った。「センターはなぜ捕りにいったのか?」「状況が見えていれば確実に捕って一走の進塁を止めるべき」「外野手は周りの状況が見えていなかったのではないか」…相手の、自分たちの1プレーごとに選手たち同士で話し合う姿が常にベンチであったという。

 和大・大原監督が手本とし、中野コーチが実践している「考える野球」とはどういうものなのか? 9月2、3日にあった県大学野球秋季リーグ戦第1週は、その点に着目して鹿大の試合を観戦していた。
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 第一工大との2連戦はいずれも鹿大の完封勝ちだった。初戦は左腕・山本鴻志郎が被安打3、第2戦は1年生右腕・帖佐竜聖が被安打4に封じ、付け入るスキを与えなかった。山本も、帖佐も相手打者をねじ伏せるような球威や、目を見張るような変化球を持っているわけではない。球威や変化球のキレなら、工大が繰り出した投手陣の方が上に見えた。明らかな違いは四死球の数だ。初戦、山本が無四球だったのに対して、工大は2投手で3、第2戦は帖佐が1だったのに対して4投手で10個の四死球を与えている。
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 四死球の多さは、投手側の制球力だけが原因なのではない。打者がボールをしっかり見極めていることも考えられる。春のリーグ戦で鹿大の試合を見ていて、毎試合のように2桁四死球をもらっているのが気になった。簡単に初球から打つようなことはまずなく、時にはあっさり3球三振することもあるぐらい各打者がボールを見ている。
 「打ちたい気持ちを我慢しても、大事なのは見極めること」と中野コーチは言う。相手が球威やキレで勝るボールを持っているなら、より多くの球数を投げさせて、スキができたところを突く。第1戦は六回二死、第2戦は五回二死から集中打で大きな流れを引き寄せた。春7年ぶりに県を制した頃よりもその戦術がより浸透し、徹底されている印象を受けた。

 山本も帖佐も、一見すると打ちやすそうに見える。この2戦、被安打は少なかったが、しっかりととらえた打球が内野手正面のライナーだったり、抜けていれば長打になる外野への飛球はかなり多かった。これも意図的なものではないかと考えてみた。
 「夏の遠征を通して、守備を信じて打たせて取る投球を心掛けるようになった」(山本)「追い込んでからは、低めに投げることを意識していた」(帖佐)と2人は言う。意図してそこに打たせるほどの高等技術を持っているわけではない。ふと「ジャストミートした打球がそこに飛んでいくように守備位置は考えられている」という野球のセオリーを思い出した。球威やキレがなくても、捕手が相手を研究してリードし、そこにきっちり投げられる制球力があり、ある程度打球が飛んでいく方向を予測できる配球と守備陣との連携ができれば、そう打たれることはないという実証に思えた。

 人間は精密機械ではない。100%思い通りにボールを投げるのは不可能に近い。コントロールミスはつきものである。好不調の波は誰にでもある。思い通りに投げたボールを打者が打ち返すこともある。打者は3割打てれば優秀だとされる。投手がミスしたボールを打者が打ち損じて助かることもある。逆にしっかり打ち取ったはずの打球を、野手がエラーすることもある。そう考えると、野球はいかにミスが多く、偶然に左右されやすいスポーツであることに気づかされる。
 「考える野球」とは偶然に左右される要素が多い野球を、頭を使って考えを巡らせ続けることで、可能な限り「必然」に近づけようとする野球のことをいうのではないか。

 「野球のルールブックには2000近い条文がある。これら1つ1つに則った野球が中野先生の野球」と大原監督は言う。「ルールブックに則る」といっても、例えば「ドカベン」であった「第3アウトの置き換え」のような専門家でも見逃しそうなルールの盲点を突く野球というわけではない。「ボール4つで四球」「身体に当たれば死球」というルールがあるわけだから、これを最大限生かしてしっかりボールを見極めることから攻撃の起点を作ろうとする野球である。

 第2戦の後、全体ミーティングで中野コーチが何を語るか耳を傾けた。好投した帖佐、五回に2ランを放った4番・山口海翔…第1戦以上に見どころが多かった中で、中野コーチが指摘したのはある打者の見逃し三振の場面だった。
 3球三振に倒れた直後、その打者は納得のいかない表情で主審を見た。最後の1球がコースなのか高さなのかを確認しただけと弁明したが「そんなことは二度とするな」と厳しく指摘する。マナーとしてなっていないのはいうまでもなく、その行為は自分の感情にまかせただけのものであり、そういった行為の心証が主審に積もってチームの印象が悪くなってしまったらチーム全体の流れをも悪くしかねない。「印象が悪くなるぞ」と相手ベンチの野次でわざわざ大事なことを指摘されたのにも打者は気づいていなかった。
 「考える野球」は実に奥が深い。

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テーマ:大学野球 - ジャンル:スポーツ

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