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育児は「育自」―父ちゃんの育児日記・第11回
「カーズ」大好き!
夢中になるものがあるということ

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 こころの初宮参りは9月22日だった。
 その日は朝から大雨で警報が出ていた。あまり降り続くようなら「延期しようか」と妻とも話していたが、予定していた11時が近づく頃には雨も上がったので、無事に鹿児島神社で儀式を執り行うことができた。お昼に両家の家族でドルフィンポートのレストランで食事をする頃には朝方の大雨がウソのように晴れ上がり、桜島がくっきりと見えた。




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 鹿児島でお祝い事のある時の雨は「島津雨」と呼ばれ、縁起の良いものとされる。朝方の大雨は島津雨にしても度が過ぎるほどだったが、うまい具合に晴れてくれた。考えてみれば、こころが生まれた日も午前中は雨だったが、生まれる頃には止み、病院を出る頃には晴れ間も見えた。こころには縁起の良さに加えて、晴れを引き寄せる力があるのかもしれない。

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 生まれて当初はおっぱい飲みが良くなくて、食が細いのが心配だったが、今では兄・純大同様に食欲も出てきて、赤ちゃんらしく丸々してきた。ある時、朝起きたら妙に二の腕が痛いと思ったら、前の晩、長時間抱っこして寝かしつけたことを思い出した。日頃抱き慣れた純大の重さに油断していたが、首が座って体幹もしっかりしてきだした純大と、未だ首も座らず、扱いにコツがいる乳呑み児のこころとでは抱き方も緊張感も違うことを忘れていた。
 食欲は心配なくなったが、こころは「抱き癖」がついてしまった気がする。泣き出して抱っこすると泣き止むが、降ろして寝かせるとすぐ泣き出す。仕方がないのでまた抱く。純大の時も多少はあったと思うが、こころの方が寝かしつけるのは大変に感じる。そこらへんも男の子と女の子の違い、2人の個性の違いだろうか。

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 前回、純大の「赤ちゃん返り」について書いたが、幸いその後、夜中や明け方に突然起きて泣き止まないということはなくなった。9月下旬から10月上旬にかけての2週間あまりは、秋の高校野球期間中に重なり、私が仕事に掛かりきりになってしまうため、週に2、3度は城山の私の実家に預け、そのまま1人で泊まったが、特に泣き出して手がつけられなくなることはなかったという。息子の切り替えの早さや対応力に感心した。
 時折、妹をかわいがろうと抱っこしたり、泣いているとあやそうとする姿を見ていると親としては何とも言えない幸福感を覚える。「赤ちゃん返り」の現象で、親を下の子にとられたと思って意地悪をするという話も聞いていたが、今のところそれがないのは何よりありがたい。
 もっとも純大が本当にそう思っているかどうかはまだ何とも言えない。寝かしつけるとき、妻がこころにおっぱいをあげていると、泣き出すことがよくある。お兄ちゃんであろうという気持ちは間違いなく持っているだろうが、まだ2歳に満たない幼児であることは心に留めておく必要はある。

 こころと並べてみると改めて純大が大きくなったと気づかされる。頭や手の大きさは3倍ぐらいありそうだ。体重は16キロぐらいあるので3歳児ぐらいに間違われることがある。
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 純大は最近、ディズニー映画の「カーズ」にハマっている。この夏に「カーズ3」が公開される前に「1」「2」がテレビで放送されたのを妻が録画していたが、いつの頃からかほぼ毎日のように「あーず(カーズ)」を連呼して録画を見せろとせがむようになった。
 車や乗り物に興味を示すのは男の子共通の現象だろう。「ぶっぶー(車)」「あす(バス)」「んかんせん(新幹線)」「でんしゃ」「ひこーき」…道を歩いたり、車に乗っていると周りに見える乗り物の名前を一生懸命連呼する。
 「カーズ」はレーシングカーの「ライトニング・マックイン」やレッカー車の「メーター」など車を中心とする乗り物たちが擬人化された物語。レースの模様などは迫力があり、ストーリーは分からなくても映像だけで人を引き付ける魅力がある。
 「アナと雪の女王」などと同じく、ストーリーもよくできていて大人が見ても楽しめる作品だが、さすがに毎日見せられると大人は飽きてくるが、純大は同じ映画を何度も身じろぎもせずに眺めている。余程琴線に掛かるものがあるのだろう。

 夢中になるものがあるというのは悪いことではないと思う。

 私自身も、今の純大よりもう少し大きくなってからだったが「宇宙戦艦ヤマト」に夢中になっていた。何がきっかけだったかは無論覚えていないが、映画館で身じろぎもしないで見ていたと親や親戚が話す。今の息子と全く同じだ。幼稚園の頃、引っ込み思案で人と接するのが苦手で1人でよくヤマトの絵を描いていたことは何となく覚えている。
 高校生の頃からビデオやレーザーディスクなどで第1作から「さらば」「新たなる旅立ち」「永遠に」「完結編」の映画を折に触れては見返している。息子のことを笑えない。大人になってテレビシリーズのDVDボックスも購入した。40歳を目前に「2199」「2202―愛の戦士たち」でリメイクされるとはなんと幸せなことだろう。オリジナル作品のセリフはほとんど頭に入っており、中でも完結編でヤマトが最後の絶体絶命の危機に陥った時、デスラーが救援に駆け付けた場面はどんな映画も叶わない私の中の珠玉の名シーンである。

 「三つ子の魂百まで」とはよくいったもので、私の人生のバイブルは「ヤマト」と胸を張って言い切れる。好きになったきっかけは多分、今の息子と同じでメカ同士の迫力ある戦闘シーンに夢中になったのだろう。ある程度の年齢になってから再見すると、そのストーリーに込められたメッセージが心の琴線に触れる。

 地球を滅亡の危機に追い込んだ敵であるガミラス星が、自分たちの攻撃で廃墟と化した姿を目の前に「我々がすべきことは戦うことじゃない。愛し合うことだった」と古代は言った。「ヤマトⅢ」に登場したシャルバート星人は雨中を征服できるほどの科学力と武器を持ちながら、平和のためにたとえ自分たちが殺されても武器を捨て戦わないという選択肢を選んだ。リメイク版である「2199」では必殺の武器である波動砲を、イスカンダルとの協定で封印するというシーンがある。現在、第3章までが映像化されている「2202」では、イスカンダルとの協定を反故にして地球は波動砲艦隊構想を進め、ヤマトも新たなる敵を前にしてその封印を解くべきかどうかで古代は葛藤している。戦争と平和、原発問題、核ミサイル…現在を生きる私たちにも困難な課題にどう向き合って生きるべきかのメッセージが込められている。
 正義感や愛を大切にする心を私はヤマトから学んだ。純大やこころも夢中になったものの中から自分の人生のバックボーンになるものを自分なりに見つけて欲しいと思う。

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 こころの生誕2カ月の10月21日に、内祝いのお返しのあいさつで弟宅に行った。甥っ子の遥翔君や光翔君が使わなくなった10数台のミニカーのおさがりを「純大に」と譲ってもらった。その時、純大は寝ていたが、帰宅して見たこともない数の車たちを前にして大興奮していた。大好きなマックインや「カーズ」に出ていたキャラクターのミニカーもある。これほど喜んだのは、間もなく1年10カ月になる人生の中で初めてだったのではないか。
 あまりに興奮してなかなか寝付かず、無理やり寝かそうとしたら大泣きした。「カーズ」の靴を買ったら、家の中まで履いたまま上がろうとして、脱がすと大泣きする。大好きなものに夢中になる姿は微笑ましいが、加減が大事ということを教えるにはどうしたらいいものか。親のテーマがまた一つ増えた。

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テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

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