FC2ブログ
NPO法人スポーツかごしま新聞社オフィシャルサイト

ギャラリーショッピング
奄美春秋



※管理人が奄美新聞に書いたコラムです。

 先日、近所を散歩していて、鹿児島市内の甲突川に架かっていた旧五石橋の玉江橋の看板が目についた。1993年の8・6水害がきっかけで石橋が撤去されて20年以上が経ち、薄れていた往時の記憶を呼び起こした。



 水害後、流出した新上橋、武之橋の2橋を除く、玉江橋、西田橋、高麗橋、3橋の移設問題が論争になった。予備校生だった筆者は、感情的に移設反対だった記憶がある。
 予備校の国語の授業で1度だけある大学の教授が来て、世の中の流れが移設反対に傾いているようだが、防災、都市計画を考えると移設もやむを得ないと話した。なるほどそういう考えもあるのかと、物事を複数の視点から見る大切さを学んだ。04年に鹿児島新報が廃刊になった頃、最後の報道部長が、南日本新聞をはじめとするメディアの論調は移設反対に重きが置かれていたが、新報は移設の必要性も含めたバランスを考えた論陣を張り、新聞が2紙ある大切さを語っていたのを思い出す
 今、3橋が移設された祇園之洲の石橋公園は、筆者のランニングのルートや、夏場、子供を連れて涼みにいくのに最適な場所になっている。貴重な文化財である石橋が作られた当時のまま川にかかっていないのはやはり寂しい。一方で、防災や交通網などの都市計画を考えれば、20年以上前に双方を活かすため、苦肉の策をとったことは決して間違いではなかったのではないかとも思う。
スポンサーサイト



テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2018/05/23(水) 13:33:41 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://spokago.blog68.fc2.com/tb.php/2648-49db33f5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック