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風をつかまえた少女―第3章
試練
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 念願かなって鶴丸高校に進学した上村真弓は、陸上部に入った。県高校総体では百、二百メートルとも準決勝進出が最高成績だった。中学3年の県大会百メートルで6位入賞したとはいえ、7月から翌年3月までは受験勉強で競技をしなかったブランクがあった。高校の大会では、鹿児島女や松陽、鹿児島南といった「強豪校」の選手と競う。

 「みんなとっても速い選手ばかり。決勝なんて自分には手の届かない世界だと思っていました」。


※2004年に「スポーツかごんま」で連載した「風をつかまえた少女」をリメイクしてお届けします。


 鶴丸にも陸上の専門指導者はいないため、日常の練習は自分たちで考える。1年生の9月から「スポーツ・コミュニケーション・サークル」(SCC)に入会した。SCCは元企業陸上部の主将だった太田敬介が立ち上げたNPO法人の陸上クラブで、子供からマスターズの選手まで幅広い年代の会員が活動している。学校に専門の指導者がいない中高校生は、専門指導を受けられる場を求めてやってくる選手が多い。
 真弓は中学の最後でSCCのヘッドコーチ鈴木章介の指導を受けていた。陸上部の先輩・下川寿将、越山佳苗もSCCで活動していた。真弓に続いて同級生の井上由梨佳も入会する。毎週水、金、土の練習のうち、金曜日と土曜日はSCCの練習に参加し、そこで受けた専門指導を学校の練習で反復するというスタイルで高校の陸上に取り組んだ。

 だが、記録は伸び悩んだ。百メートルで中学時代に出した13秒5を切ることができない。進学校である以上、「学業との両立」という大きな課題があった。入学当初から「憧れだった学校に入ることができて、ちょっと勉強に対して目標を失ったところがありました。走っていても何のために走っているのか分からなくて、勉強も練習もしんどかった」。大きな壁にぶちあたっていた。
 2年生の夏、中心学年になってから、その悩みがピークに達する。2学期制をとる鶴丸では9月に前期末考査がある。勉強にも陸上にも身が入らなくなっていた真弓は3教科で規定の点数に届かなかった。いわゆる「赤点」である。10月には新人大会があるが、学校の規定で「赤点3つ以上は部活動の大会に出場できない」という決まりがある。中心学年になって最初の大きな大会の出場機会を失ってしまった。

 鶴丸生にとっては10月の新人戦、4月の県記録会、5月の県総体、7月の県選手権というのがメジャーな大会である。よっぽどの記録の持ち主でない限り、国体予選を兼ねる県選手権は鶴丸生にとって縁がない。真弓にとってのメジャー大会は新人戦、県記録会、県総体の3つしかない。その1つを中心学年の出鼻でくじかれてしまったのだ。

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 新人戦を数日後に控えた日の練習だった。
 他の選手が練習を終えて帰ったあとで、真弓は独りで黙々とあてのない練習をこなしていた。練習を終えて帰ろうとスパイクを脱ぐために腰を下ろしたとき、自分自身に対するふがいなさが猛烈に襲ってきた。しばらくうずくまったまま、塑像のように固まっている。自分のこともさることながら、同じ陸上部の仲間に迷惑をかけたことが辛かった。

 「自分のせいでリレーのメンバーが組めなかった。みんなは気にしないでいいよといってくれたけど、迷惑をかけた申し訳なさでいっぱいでした。何のために練習をしてきたのか本当に分からなくなってしまいました」。

 陸上をやり始めて、初めて経験する大きな試練だった。


※次回更新は9月28日(月)です。
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テーマ:陸上競技 - ジャンル:スポーツ

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