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ベースボールコラム「球道夢限」第11回
ハンディーが力に変わるとき―沖縄高校野球から学ぶこと
嘉手納・山城3_025

 今秋、宮崎であった九州高校野球は嘉手納と興南、沖縄勢2校がベスト4に勝ち上がった。沖縄大会優勝の興南は準決勝で惜敗したが、準優勝の嘉手納は決勝に勝ち進み、地元・宮崎工を下して初優勝を勝ち取った。本土から遠く離れた沖縄のチームが、なぜここまで強くなったのか。いろいろな要素があるが、私は、大きなハンディーを克服しようと必死になったときに生み出す力は、無限の可能性を秘めているということを、沖縄が示したと考えている。
 九州大会・準決勝の嘉手納―自由ケ丘(福岡)、興南―宮崎工戦の2試合を観戦したが、両校とも野球のレベルは相当に高い。中でも嘉手納の野球には、特別な能力や恵まれた環境はなくとも、自分たちがやれる範囲で最大限の努力をすれば道は開けることを結果で証明した。
 自由ケ丘戦に登板した山城星也=写真=は164センチ、52キロ、背番号10の控え左腕で、九州大会初先発で3安打完封した。クロスステップでスリークオーター気味の変則フォームで、ブラスバンドや生徒も駆けつけた相手の応援に「押しつぶされそうでした」と照れるが、安定した投球は最後まで崩れなかった。チェンジアップか、フォークかと見間違いそうな落差と切れのあったボールは、カーブ、もしくはスライダーであり、これらに微妙な緩急をつけて、自由ケ丘打線にジャストスイングをさせなかった。
嘉手納・山城1_025

 個人的には、四回裏一死二塁で三番・小野剛貴を迎えた場面での投球が圧巻だった。三回表に先制したが、先頭打者を四球で出し、相手の最も警戒する打者と対戦した。山城―眞謝博哉のバッテリーは徹底した外角勝負で空振り三振に打ち取り、続く四番も三振で相手に流れを渡さなかった。
 小野に外角勝負をした根拠は「内角なら打たれそうな気がしたし、(引っ張られて)ランナーを三塁にやりたくなかった」(山城)からであり、眞謝には「星也のコントロールなら打ち取れる」という信頼があった。カウント2―2から得意のカーブをファールで3球粘られ、我慢のしどころだったが、最後はボールになるスライダーで小野のバットに空を切らせた。
 終わってみれば三塁を踏ませることなく、9奪三振に加えて無失策の守りで相手に野球をさせなかった。「星也は打たせてとるタイプなので、野手は忙しくなることは分かっていましたから」と眞謝主将は胸を張る。二塁手の島袋貴斗、遊撃手の吉田俊紀らが、高い身体能力と守備範囲の広さを存分に生かして山城の好投を援護した。攻撃は、思い切りのいい振り、つなぎのバント、果敢な走塁に相手のミスも絡み、4点を奪った。攻撃も守備も、特定の誰かではない、チーム全員が自分の役割を結集して戦っている姿が野球に現れていた。
 眞玉橋(まだんばし)元博監督は山城の投球を見守りながら、試合の途中から「うれしくなった」という。入部当初、山城は小柄な何の変哲もない左腕だった。このままでは通用する投手になれないと判断した監督は、山城に変則フォームを身につけることを、あえてアドバイスした。慣れ親しんだフォームを根底から作り直し、変則を身につけるのは並大抵のことではない。身体的にも相当な負担を強いるフォームである。それでも山城はそれを自分のものにしてチームの勝利に貢献する投手に成長した。監督の歓喜の理由は「彼が影で恐ろしいほどの努力をしていたことを、僕は知っていたから」だ。

 思えば、雑誌の取材で2005年秋に八重山商工を取り上げて以降、08年にセンバツ優勝した沖縄尚学、同夏ベスト4の浦添商、今回の嘉手納、興南と沖縄のチームを折に触れて詳しく取材する機会に恵まれた。07年12月と08年5月には沖縄まで足を運んで、いくつかのチームのグラウンドで日常の練習風景も見た。
 特定のどこかに良い選手が集まったというありがちな話ではなく、いろんな学校が甲子園に出ているばかりかレベルも高いというのが特徴的だ。地域全体の野球熱、少年野球から盛んであること、高い身体能力、温暖な気候…様々な要因が考えられるが、沖縄の野球の最大のネックは「本土へのコンプレックス」をどう克服するか、だった。県外と試合をするためには、大きな海が間に隔たっている。遠征その他に掛かる費用は膨大である。入ってくる情報も少ない。今までの沖縄は、能力はあっても、そのハンディーを克服できずに力を発揮できなかった。それを故・裁弘義監督らが「本土に追いつき追い越せ」を掲げて戦ってきた想いが、理想的なかたちになって結実したのが今の沖縄といっていいだろう。
 90年代に沖縄水産や尚学が結果を残したことで「自分たちでもやれる」自信になった。高野連や地元の支援で本土の野球を身近に感じる努力を続け、今では本土に対するコンプレックスは払拭された。「沖縄で勝つのが本当に難しいです」と多くの指導者選手が口をそろえる。中途半端な情報は入ってこないから、思い切ってやれる。「ハンディー」と思っていたことも、克服する努力を続けたら、大きな力を生み出す源になっていたのだ。

 バックネット裏で観戦していた私の横で応援していたのは、嘉手納高校にゆかりのある2人の女性だった。1人は同校のソフトボール部出身の喜屋武千紘さん。もう1人の島仲静野さんはソフト部の元監督で、今は別の学校に転勤したが、宮崎の短大で女子野球をやっている喜屋武さんの最後の試合を応援にきた「ついで」に嘉手納の応援に駆けつけた。今回の九州大会は雨で数日試合が延びたが、「試合は見られなかったのに自腹で応援に来てくれた教員もいました」(眞玉橋監督)という。単なる野球だけではない「見えない力」(眞玉橋監督)が後押しする力が沖縄にはある気がしてならない。
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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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