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風をつかまえた少女―最終章
「陸上」は終わらない―インターハイを終えて
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 インターハイが終わって4日後、上村真弓と話をした。

 「自分がインターハイに出られるなんて、正直考えていませんでした」。

 これは間違いなく、彼女の本音である。高校2年までの実績、そして、陸上選手として置かれている環境を考えれば、無理もない。04年のシーズンに入るまでは、仮に口で「目標はインターハイ出場です」と言ってみたところで、果たしてそこに至るまでどのような道筋を歩めばいいのか、皆目検討もつかなかった。だが、現実に真弓は日本の高校生で65人にしか与えられなかったインターハイ女子二百メートルのフィールドに立った。


 「感想は『ホー、すごいなぁー』のひとことでした。全国の高校生で一番速い人が間違いなくこの中にいる。『陸上マガジン』に載っている人もいるし、この中から将来オリンピックに出る人もいるんだろうなぁと思って見ていました」。

 二百のレースの2日前に女子百メートルのレースを初めてライブで観戦した感想である。島根入りした当初から、街のいたるところに「中国04総体」の目印が掲げられ、今まで経験したどの大会よりも別世界の雰囲気をずっと感じていた。おそらく65人の大半は、この大会に出ることだけを目標に掲げて高校生活の大半を陸上に注いできた選手がほとんどだ。わずか予選の1本のみだったが、その別世界の住人たちと同じフィールドで肩を並べて走った。
 ちなみに予選1組には、今や日本女子スプリント界のトップクラスにいる高橋萌木子(埼玉栄)や、06年の大阪インターハイで23秒48の日本高校記録で優勝した中村宝子(浜松西)の2人が、当時1年生で同じ組で走っていた。
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 「そのときは緊張して雰囲気を楽しむ余裕とかないんですけど、後になってそういう経験ができたことが良かったなぁって思えるんです」。
 「末續選手が出ているCMで二百のゴールシーンを見たときに、ゾクッとするような感じがしたんですよ。陸上っていいなぁって心から思えるようになりました」。


 南九州が終わった後でこんな話をしている。
 予選よりも準決勝、そして決勝。県総体よりも南九州、そしてインターハイ。ステージが上がれば上がるほど一つ一つのレースでかかる緊張感もプレッシャーも増す。ただ走ることが好きだった少女は、自らに吹いてきた風をつかまえてステップアップし、今まで自分の知らなかった「選ばれた選手たち」の大会を経験したことで、陸上というスポーツをより高い次元で好きになった。「陸上が好き」という思いは日本の高校生のトップが集う大会を経験してより一層強くなった。

 「ひとつ上の先輩が県総体で引退した後に『自分の陸上はこれで終わる気がしない』って言ってたけど、自分も同じ気持ちです。これからは受験勉強でしばらく走れないけど、一生陸上は続けたいと思います」。

 陸上を通して、自らの可能性を信じることができた少女は、新たな風をつかまえるべく、ひとまず「受験勉強」に励む。

2009年版追記
 高校卒業後、上村真弓は福岡での1年間の予備校生活を経て、希望通り地元・鹿児島大の医学部に進学した。陸上は所属していたSCCで活動を続ける傍ら、学校でも医学部陸上部を作って競技生活を続けている。4年に上がった09年4月の県記録会では百メートルで12秒85と高校3年の南九州でマークした12秒84に迫る記録を残した。
 医者の道、陸上の道…少女から大人へ、自ら描く夢に向かって一歩ずつ歩き続けている。

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テーマ:陸上競技 - ジャンル:スポーツ

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