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大島工、ラストサマー特集(奄美新聞7月2日掲載)
粘り強さのあるチーム
「野球好き」な気持ちを前面に
ライバルからのエール

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 大島工が「最後の夏」を迎える。かつてこのチームを指揮し、今はライバルチームを率いている監督たちにとっても、この夏の大島工には特別な思いを寄せている。
 前野忠義監督が「目指している」のが、谷口裕司監督(指宿)が率いていた時代だ。谷口監督は1996年から2001年まで大島工にいた。就任当時は「荒々しい野球をするチーム」で、どちらかといえば周囲から応援されるチームではなかったという。中学校を熱心に回りながら選手を集め、真剣に野球に取り組むチームを作っていくと、学校も変化し、周囲の見方も変わってきた。野球部は各学年10数人の部員がいて活気が出てきた。
 谷口監督がチームに植え付けたのは「スットゴレ」の精神だった。他校に対してコンプレックスのかたまりだった選手たちに「なにくそ! 負けてたまるか!」と根性を発揮する気持ちを叩き込んだ。特に大きなコンプレックスを持っていた大島高校に対しても「良いライバルとして切磋琢磨する」ようになった。地区大会決勝で大島に勝って優勝した試合を谷口監督は今でも覚えているという。
この後に赴任した中村敦監督(錦江湾)も「スットゴレ」精神をチームの目指す野球に掲げた1人だ。2000年以降、生徒数の減少が著しく、野球部員の確保も難しくなったが、「なにくそ」の反骨心が野球部の活動を支えた。
 中村監督の時代に川口智という選手がいた。小学生だった弟が大病を患い、家業を手伝わなければいけない関係で、部を離れた時期があった。弟の名前が同じ「敦」で、よくグラウンドに来て「将来は大島工で野球をやる」と言っていた子供だった。いつでも戻ってこられるように、中村監督は同じ左利きだった智に自分のグローブを贈った。智は最後の夏にはチームに復帰し、同級生たちと一緒に卒部できた。弟・敦は現チームのレギュラー二塁手。チームは離れても中村監督は、そんなところに昔のつながりを感じ、大島工の最後の夏に注目している。
 「粘り強い野球をする。力は持っているチーム。よく鍛えられている」。今春、NHK旗と大島工の前に立ちはだかった川内の佐々木貞明監督はチームの力をこう評する。佐々木監督もかつて大島に赴任していた時期があり、その前には龍南中の監督もしていて、大島工に教え子がいた時代もあり、島のチームは何かと気になる存在だ。甲南の後輩でもある前野監督が、離島や、学校がなくなるというハンディーを抱えながら、力のあるチームを育て上げたことを肌で感じている。「試合の流れを読んだプレーなど、実戦経験を積まないと身につかないことがある。そのハンディーをどう克服するか」を大島工が勝ち上がるカギに掲げている。
 この春に大島工と対戦した指宿の谷口監督は「野球に集中している姿勢が良い。野球が大好きだという気持ちが伝わってきた」という。「野球が好きという気持ちを前面に出し『スットゴレ根性』を発揮してほしい」と谷口監督はエールを送っている。
 大島工に限らず、結果を気にせず、思う存分好きな野球に打ち込めるのが、離島のチームの最大のアドバンテージである。夏の戦いは「どちらが思う存分野球をやり尽くせるか」の勝負だ。大島工14人の野球への情熱が一つになった姿がどんな力を発揮するのか、鴨池で見届けるのを楽しみにしている。
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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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