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きょうの人(奄美新聞掲載)
母校で甲子園目指す
「良い人材を育てたい」

我那覇悟志さん(樟南高校野球部副部長)

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 「母校でまた甲子園に行きたい」。大学卒業後3年間の「充電期間」を経て、昨年4月に母校の社会科教諭、野球部副部長になり、夢への扉を開いた。
 少年の頃から、樟南の野球にあこがれていた。枦山智博前監督の存在や個性を生かしてくれそうな指導が自分に合っていると思った。高校時代は3年連続夏の県代表になり、樟南の黄金期だった。自身は2年夏、3年春夏と3度ベンチ入りし、2年夏の日大三戦では3ランを放つなど活躍もしたが、いずれも初戦敗退。「甲子園では1度も校歌を歌っていない」悔しさが大学で野球を続ける原動力になった。

 「このままなら『甲子園に出た』だけの人間で終わってしまう。『全国で勝つ』ことにこだわった」。
 選んだ進学先は新東京リーグの創価大。衝撃的だったのは「4年生の先輩がトイレ掃除をしていた」ことだった。日本一になるという高い志を持ち、学生が主体的に部を運営し、それぞれが自分の仕事にプライドを持っている。レギュラーにはなれなかったが、約80人が暮らす寮の寮長を務めた。部員の日常生活を支える裏方の仕事を経験したことで「試合に出る選手だけでなく、控え選手やスタンド応援の部員にもそれぞれ果たすべき役割がある」ことを学んだ。
 卒業して2年間は金久中で特別支援職員の仕事をしていたが、母校の野球に関わりたいという夢をかなえるべく、再び島を出た。09年の春からは平日は食品会社で働き、休日は母校でコーチをするようになった。9月からは定期的に寮監に入るようになり、昨年4月に念願かなって母校の正式な教員になった。
 「目標は日本一。目的は人材育成」。野球を通じて「人としてのあり方」を鍛えることの大事さを学生時代に学んだ。学校業務に野球指導と試行錯誤の毎日だが「また甲子園を目指せるのが楽しいですね」と張り切っている。

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【プロフィール】
 がなは・さとし。1984年6月4日生まれ。奄美市名瀬出身。名瀬小、金久中、樟南高、創価大卒。高校時代は夏3回、春1回の甲子園を経験しており、2年時には日大三高戦で3ラン本塁打を放った。2010年から樟南高の社会科(地理・歴史)教諭、野球部副部長。姉の美奈さんはシンガーソングライターとして活躍する。27歳。

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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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