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鹿実VS薩摩中央―「番狂わせ」の真実・第1回
第1部 「いつも通り」戦うこと―鹿実
番狂わせの真実第1回_035
11年夏の鹿実VS薩摩中央戦は「世紀の番狂わせ」の一戦として記憶に刻まれている

 2011年夏、第93回全国高校野球選手権鹿児島大会の準決勝・鹿児島実―薩摩中央戦は、こののちも長く語り継がれる「番狂わせ」の一戦として鹿児島の高校野球ファンの記憶に残るだろう。ノーシードから勝ち上がった地方の県立校・薩摩中央が、優勝候補の大本命だった鹿実に勝った。この年代で九州最強の実績を残し、夏の全国制覇をも狙える力を秘めた鹿実がなぜ敗れたのか? 大会前、ほとんど注目されていなかった薩摩中央がなぜ勝ったのか?
 2011年7月22日、1時間48分の熱戦に込められた当事者たちの赤裸々な本音の想いを追ってみた。

 「相手は全校応援をしていたんですけど、それがでっかい壁になって押しかかってくる感じがしました。今思えば、最初から『あれ? 何か違うな』って、いつも通りじゃない感覚があったように思います」

 豊住康太は、あの一戦をそう振り返った。主将、3番打者、チームの中核選手が、あの一戦で最も印象に残っているのは、ベンチとスタンドが一体になって戦っている薩摩中央の姿だった。九州大会、明治神宮大会、そして甲子園の大舞台を経験した男でさえ、異質に感じるほどの一体感を相手に感じた。
 いつも通り戦う。野球に限らず、あらゆる勝負事に勝つために日々賢さん努力したものが心掛けるセオリーだろう。「番狂わせ」が起きる試合は、実力に勝る「本命」がいつも通り戦えず、実力では分が悪い「伏兵」がいつも以上の力を発揮する。まずは、あの一戦でいつも通りの力を発揮できなかった鹿実ナインの本音に耳を傾けてみることにしよう。

・スライダーの切れ

 程度の差はあれ、鹿実ナインの多くが相手のスタンドも含めた応援の一体感にいつもと違う何かを感じていたようだ。

 「三塁で守っていたから余計に相手の応援がすごいと思った。2年生の頃からたくさん試合に出ているけど、こんな経験をしたのは初めて。準々決勝から全校応援しているのは見ていて、すごいと感じたから『絶対に先制点を取らないと』という気持ちになった」

 4番、三塁手の田竜之祐は言う。
 鹿実は先攻。先頭の平山大海は左方向に流すライナーを放つ。左翼手に捕られたかと思いきや落球。ラッキーなかたちで先頭打者が出塁し、2番・杉山正はセオリー通り送りバント。一死二塁というオーソドックスな先制のチャンスで打順が中軸に回ってきた。だが3番・豊住、4番・田はいずれも一ゴロに倒れ、これを生かせなかった。
 スライダーを引っかけた豊住は相手のエース崎山の「スライダーが切れている」と感じた。初球、2球目と落差のあるスライダーでストライクを取り、5球目の同じボールでゴロに打ち取られている。田は「(ボールの軌道が)真っ直ぐに見えた」という。それだけボールにキレがあったということだろう。監督の宮下正一も「うちの打者のスイングを見て、崎山君のボールは相当切れているなと感じました」。
 崎山のボールにキレがあった要因の一つに、4日間の休養が挙げられる。本来なら7月17日に準々決勝を戦った鹿実と薩摩中央は、中2日空いて20日に試合がある予定だった。ところが18日が雨、19日は台風接近で順延となったため、準々決勝の残り2試合が20日、21日は準決勝前の休養日となり、結果的に準々決勝から準決勝までに4日間の休養日ができた。第2部で詳しく触れるが、この4日間を薩摩中央は最大限に活かして万全のコンディションで臨んできた。「薩摩中央のようなチームは、間に休みがあればあるほど、元気づいてくる『のびしろ』がある。それだけは怖いと思っていました」(宮下)。
 いずれにせよ、「立ち上がり」というお互いに落ち着かないデリケートな時間帯に、相手のエラーでつかんだ絶好の先制機を鹿実は生かせず、薩摩中央はピンチをしのいだことで戦えるきっかけをつかむことができた。
(続く)
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テーマ:野球全般 - ジャンル:スポーツ

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