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鹿実VS薩摩中央―「番狂わせ」の真実・第6回
「ありえないこと」の重なり
番狂わせの真実第1回_035
7回裏、薩摩中央は4番・富満のタイムリーで二走・宮脇が生還し4点目。勝負を決定づける回になった

 勝負を決定づける2点の追加点が薩摩中央に入った七回裏には、いくつかの「ありえないこと」が重なった。
 野田が先頭の井手原賢也に死球を与えた。高めにすっぽ抜けた直球が、井手原の右目の下あたりを直撃する。六回に浮足立ったバッテリーの焦りが最高潮に達しようとしている。タンカが持ち込まれ、治療のために井手原は退場。8番打者の前園が臨時代走で一塁に向かう。しばし間の空いた鴨池球場には、何か特別なことが起こりそうな雰囲気が漂っている。
 小が送り、宮脇の当たりは一二塁間を抜けるライト前ヒット。二走の前園は三塁ベースを回ったところで止まる。豊住からの返球が、ワンバウンドでホームに返ってくる。ホームを狙ったら間違いなくアウトだったろう。鹿実としては事なきを得たが、状況は一死一三塁。これ以上の失点は許されない。ライトから豊住がタイムをとって、マウンドに駆け寄ったのはこの直後だった。

 高校野球では9イニングの間に3回のタイムをとることが許されている。たいていは監督が伝令を送り、マウンドに集まった内野陣にベンチからの指示を伝える。この試合は、それまで六回二死満塁の場面で一度伝令を送っているが、あと2回残されていた。捕手がマウンドに駆け寄ったり、ほかの野手が1人でマウンドに行くのは、このタイムにカウントされない。投手のもとに行くのは捕手か、内野手がほとんどで、外野から選手がやってくることは、まずないといっていい。普段は決してやらないようなことを、あえてやった豊住の心を占めていたものは何だったのだろうか?

 外野で守っている豊住にも野田の「非常事態」が伝わってきた。試合中、豊住は何か伝えたいメッセージがあれば、外野の芝生ギリギリのところまで前に出てきて、声に出す。
 「いつもなら、野田もその声に対して『OK、OK』ってこっちを向いて反応するんです。でもあのときは全くこっちを見ないで、自分の世界に入ってしまっていた」
 それまで何度か、二塁手の杉山にそのことを指摘して伝えてもらっていたが、どうも野田には伝わっていないようだ。状況は七回裏一死一三塁、スコアは1―2。2点取られた直後は「大したことではない」と思えた豊住も、マウンドの野田が元通りになってくれないことには、この先本当にヤバいことになる危機感が芽生えた。ライトからマウンドまで50㍍ほどの距離がもどかしく遠い。たまらず豊住は二塁塁審にタイムを要求して、マウンドに走った。

 この時、実際にどんな言葉を発したのか、豊住も野田も正確には覚えていない。発した豊住も何か明確なメッセージがあったのではなく「その場でパッとひらめいたことを言いました」。
 「お前、こういう場面を抑えるために今までやってきたんだぞ」
 そんな感じの内容だったと豊住は言う。言われた野田は、豊住が来て「ここがお前の見せ場だぞ」らしきことを言われたのは覚えているのだが、内容の記憶は薄い。ただはっきり覚えているのは、試合の後、記者にその時の内容を聞かれて、豊住が言っていることと、自分が言っていることが食い違っていて、かみ合ってなかったことぐらいだ。
 ここで豊住がマウンドに行ったことを、指揮官・宮下は「気持ちはよく分かる」と言いながら「でも、あれはやっちゃいけないことだった」と断言する。流れの悪いチームのために主将が何かをしたい衝動に駆られてやったことは、宮下も現役時代は主将だったから、気持ちは痛いほど分かる。問題なのは、それが普段からやっていたことかどうかということだ。普段、豊住に限らず外野手がマウンドに行くことは、どのチームでもほとんどない。「それをやってしまうことで、流れは余計に重くなってしまう。普段やらないことをやってしまった時点で負けパターンなんですよ」。選手として、監督として30年近く野球に関わっている指揮官に言えるのはそれだけだった。

 豊住がマウンドに行った直後の3番・西之園は変化球で空振り三振に打ち取っているが、捕手・黒木には「大きなミスをしてしまったんですよ」と後悔していることがある。
 西之園はワンバウンドの変化球で空振り三振だった。走者なし、もしくは一塁が空いている場面なら、ワンバウンド捕球は完全捕球とみなされないから、打者走者は「振り逃げ」を狙って一塁に走る。捕手はアウトを成立させるために、打者にタッチするか、一塁に投げないといけない。しかし、この一三塁のケースは一塁が埋まっているから、振り逃げは成立せず、空振りした時点で打者アウトである。
 ところが、この時、打者の西之園は振り逃げのつもりで一塁に走ろうとしたため、黒木は反射的に一塁に投げた。実は一走の宮脇もその状況が頭に入っていなくて思わず飛び出して、二塁に走ってしまっている。記録上は「盗塁」が成功したことになっているが、黒木がしっかり二塁に投げていれば、打者は三振、盗塁アウトの併殺が成立し、その回の攻撃が終わっていた公算が高い。そうであれば、その後の追加点にはつながっていなかっただけに、記録に現れない黒木の痛恨のミスだった。裏を返せば、百戦錬磨の鹿実ナインの中でも、最も冷静に試合を見ていなければいけない捕手の黒木でさえ、我を忘れてしまうほど、大きな負の流れを、この試合で作ってしまったことの象徴ともいえるエピソードだろう。黒木がそのことに気付いたのは、試合が終わって3日ぐらいしてビデオで見返した時だった。

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 二死とはいえ走者は二三塁。打者は4番。この試合最大のクライマックスがやってきた。富満は過去3打席2四球1三振と、野田を打ってはいないが、3回戦の沖永良部戦、準々決勝の伊集院戦でホームランを打つなど、今大会当たっており、はやりの言葉でいえば「何かをもっている」要注意打者だった。敬遠という選択肢も考えられた中で、野田、黒木のバッテリーはあえて勝負に行き、1ボール1ストライクから3球目のスライダーをライト前に運ばれ=写真=、勝敗を決定づける2点の追加点を与えてしまった。

 「敬遠は、当然考えていましたよ」と宮下は言う。明確に敬遠の指示は出していないが「一塁が空いているぞ。頭に入れておけよ」とは、ベンチから声で伝えたように記憶している。警戒すべき打者だから厳しいコースを攻めて、カウントが悪くなったら敬遠するつもりだった。「なぜあそこで敬遠しなかったのかって、いろんな人に言われましたよ」と黒木は苦笑する。鹿実の永遠のライバル・樟南の元監督で、この試合NHKのラジオ解説をしていた枦山智博は「4番は敬遠した方がいいんじゃないですかね」とこの場面の直前でコメントした。
 初球は外角直球でストライク、2球目は同じ外角直球が外れてボール。なまじ初球がストライクになったことで「勝負しようと色気が出た」(宮下)。それ以上に宮下の中には「野田なら抑えてくれる」と信じる気持ちがあった。この試合、苦しいマウンドを続けている野田に対して、宮下は「味方が逆転してくれると信じて、我慢だぞ」と言い続けていた。1点先制した後から、ジワリジワリと重くなっていく流れを、どこかで断ち切る場面を作りたい。それは、ここしかない。全幅の信頼を置く左腕にすべてを託し、それでもダメなら「このチームもここまでだったんだと、開き直る気持ち」もどこかにあった。打たれたスライダーは決して悪いボールではなかったが、富満に一二塁間を抜かれた。「うまく打たれた。それほどまでの打者とは正直思っていませんでした」と宮下は脱帽した。

 三走の前園に続いて、二走の宮脇もホームに向かって突進してくる。ライトで守っていた豊住の前に転がってきた打球は「捕りやすいバウンドだったけど、途中でイレギュラーした」。三走は仕方がない。二走だけは絶対刺すつもりで捕球体制に入ったが「力んでしまった」。バウンドを合わせそこない、無理な体制で、それでも腕だけはちゃんと振り切ってバックホームする。ちゃんとした送球がいっていたら十分アウトをとれるタイミングだったが、ボールが三塁方向にそれた。ちょうどホームイン直前の宮脇と交錯する位置だったが、宮脇は一瞬ファールグラウンドに身体を寄せてタッチをかいくぐった。冒頭に使った写真をご覧になれば分かると思うが、捕手・黒木の必死の表情が伝わってくる。

 野田の死球に始まり、マウンドに駆け寄る豊住、黒木の記録に現れないミス、敬遠を選ばず勝負にいったバッテリー、バウンド処理を慌てた豊住…「普段通りでないこと」が重なって取られた2点は、その数字以上に重いショックを鹿実ナインに与えてしまった。
 勝負を分ける打球が一塁を守っている右側を抜けていったとき、揚村は不思議な感覚にとらわれていた。「夢見心地っていうか、ボーっとしたっていうか、今起こっていることが現実に思えない」感覚だという。どの回だったか忘れたが、揚村が一塁の守備についたとき、1匹のてんとう虫がいることに気づいた。心の中で「頼んだぞ」とてんとう虫に祈った。そんなものに思わずすがりたくなるほど、追い詰められてしまった。
(続く)
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テーマ:野球全般 - ジャンル:スポーツ

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