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鹿実VS薩摩中央―「番狂わせ」の真実・第9回
「何もありません」
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杉山が三振に倒れて試合終了。全国制覇を目指した鹿実の挑戦は県大会準決勝で「終戦」を迎えた

 「全国制覇」を目指した鹿実の夏は、県大会準決勝で「終戦」を迎えた。この九回表の鹿実ナインの心をとらえていたのは「焦り」しかなかった。
 先頭の丸山哲弘はカウント3ボール2ストライクから高めのボール球に手を出してライトフライに倒れている。「『よっしゃ、四球で出た!』と思ったところが、明らかなボール球に手を出していた。相当焦っているとしか思えなかった」と豊住。この試合、2安打している黒木も初球を打ち上げて、わずか7球で二死となった。平山が最後の意地で四球を選び、期待の中軸まであと1人というところまで粘った。


 「豊住につなぐこと」だけを杉山は考えていた。「つなげば絶対何とかしてくれる」。二死だから打ってつなぐしかない。「焦り」も当然あったが、打つためにどういう打法をすればいいか、頭は動いていた。普通に打つだけでなく、バスターしたり、ノーステップで打ったり、これまで練習してきたどの「武器」で抵抗するかを考えた。だが、それを決めきれないまま1ボール2ストライクの4球目、杉山のバットはむなしく空を切った。

 「『あっ…』ていう感じですかね」
 次打者席で待っていた豊住は、ゲームセットの瞬間、何かのスイッチが切れてしまったような不思議な感覚にとらわれた。次打者席では、杉山がつないでくれると信じ、その前2打席と同様に「打てる自信しかもっていなかった」。ベンチを見れば、すでに悲壮感に耐えられず、涙を流す選手もいる中で「泣く余裕もなかった」。七回の守備で、野田にアドバイスしたように、今度は「ここで打つためにこれまでやってきたんだ」と自らに言い聞かせ、集中力と闘争心のヴォルテージを最高潮に高めていたものが、一瞬にして断ち切られてしまった。
 「悔しさ」でいうなら「NHK旗で神村に負けた時が本当に悔しかった」と田は言う。この1年、県内の公式戦は無敗で勝ち切るつもりだったのが、それを一番のライバルだと思っていた神村学園に土をつけられた。夏は点数でも内容でも圧倒して勝とうと思っていたが、その舞台にさえも立てない絶望で「何を考えているか分からなくなった」。揚村は「まだ先がある。次頑張ればいいやと涙も出なかった」。実際高校野球としての「先」はない。目の前の出来事を現実と受け止められないぐらい混乱していた。

 その瞬間の興奮状態が時間とともに覚めてくるとき、「敗北」という現実が真綿で締め付けるようにのしかかってくる。
 両チーム整列して握手を交わし、勝った薩摩中央がホームベース付近に整列して校歌を歌う。敗れた鹿実は一塁側のベンチ前で整列して、それを聞くしかない。

 「何でだよ! 俺たちやってきたじゃねぇか!」

 こらえきれない想いを思わず口に出してしまったのが、背番号16の3年生・脇園寿大だった。「あいつは一番監督さんに怒られて、2年生の途中には部を辞めようとしていたこともあった。それでも逃げ出さずにやってきて、最後の試合があんな結果に終わってしまったことが悔しかったんだと思います」と田がその気持ちを推し量る。豊住、田、揚村ら試合に出たメンバーは、自分たちの悔しさもさることながら、試合に出られなかった控え選手や、ベンチにすら入れなかったのに、自分たちを支えてくれた3年生のメンバーに対する申し訳なさが、たまらなかった。

 鹿実には試合終了後、全員が整列して監督、部長、総監督、主将、マネジャーの言葉を聞くミーティングがある。球場バックネット裏と雨天練習場までの広いスペースを使い、多くの観客の眼にとまる場所で、あえてミーティングをする。

 「最後まで胸張って、鹿実の野球、ちゃんとやろうぜ!」

 副主将の大山晃輝が、ベンチ裏の照明塔の土台に上って、涙を振り払ってナインにはっぱをかけた。ミーティング前に宮下に呼ばれた豊住も「鹿実らしく、最後までピシッとやろう」と言われた。敗北の涙にひたることもなく、いつも通りのミーティングがあった。それまで気丈に振る舞っていた豊住も「この時の記憶がありません」という。主将である自分も何かを話したはずなのだが、それがどんな内容だったか、監督や部長が何を語ったかも、覚えていない。ただ、ちゃんとやらなくちゃいけないという「義務感」だけで立っていたような気がする。

 「何もありません」

 マネジャーの川邊一輝はそう言った。「それを聞くのが一番辛かった」と田。思えば2年前の夏、鹿実は初戦で徳之島に敗れた。その時、泣き崩れたナインの前で当時のマネジャーも同じ言葉を発した。当時1年生だった田には、その悔しさが強烈に残っていた。自分たちの最後の夏は、甲子園の決勝まで勝ち上がり、全国制覇を果たしてから川邊の「何もありません」を聞くことを、田は自分の中の誓いにしていた。それが全国制覇を目指すステージにさえ立てずに去ってしまう無念さを、ただただかみ締めるしかなかった。

 指揮官・宮下正一はミーティング後もしばらく、その場に仁王立ちしていた。両足で踏ん張るように立ち、腕組みしながら一心に何かを自問自答しているかのような雰囲気を醸し出していた。

 「3年生は、最後の最後まで鹿実らしく、やることを精一杯やってくれた。何も言うことはない。負けたのはわたしの責任。逃げも隠れもしない」

 指揮官は、胸に去来するそんな想いを一途に追い続けていた。
(続く)
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テーマ:野球全般 - ジャンル:スポーツ

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