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鹿実VS薩摩中央―「番狂わせ」の真実・第24回
歓喜の輪
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シード鹿実を下し、崎山―富満バッテリーを中心に薩摩中央ナインの歓喜の輪ができた

 八回裏の薩摩中央の攻撃はあっさり3人で終わっている。崎山、前園は連続三振だった。六、七回の乱調は一体何だったのかと思いたくなるほど野田のボールが「良かった時に戻っていて、直球と分かっていても手が出なかった」(崎山)。スコアは4―2。九回表の鹿実の攻撃を抑えれば、誰もが予想しなかった金星を手にすることができる。

 丸山、黒木をわずか7球で連続ライトフライに打ち取って二死となると、崎山も「(鹿実に)勝ってしまうのかな」という感覚にとらわれた。それまで時折笑顔を浮かべながら、自然体で投げていた崎山も、表情が険しく目つきが鋭くなっている。湧き上がってくる「勝てるかもしれない」という興奮と、「まだ気を抜けない」と冷静であろうとする心が戦っていた。「打たれたら勢いがつくから怖い」と思っていた平山には厳しいコースを突きすぎて四球。マウンドに富満がやってきた。
 「ここで決めるぞ!」
 杉山を出してしまうと、次は豊住だ。ここで前の回に起死回生の本塁打を叩き込んだ豊住に回ってしまったら、試合の行方は本当にどうなるか分からなくなる。神村は伝令を送って間を取ることもなく、バッテリーにすべてを託した。すべて直球で1ボール2ストライクと追い込む。4球目、この試合、幾度となく要所で威力を発揮し、勝利への牽引車となったスライダーは、「少し甘かった」(富満)が、杉山のバットは空を切った。時刻は午前11時48分。真夏の厳しい日差しが照りつける県立鴨池球場に大きな歓喜の輪ができた。
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 マウンドを降りた崎山と富満のバッテリーが抱き合い、フィールドにいた野手と、ベンチにいた控え選手が2人のもとに駆け寄り、勝利の喜びを分かち合う。三振に打ち取り、歓喜の輪ができて、試合終了の例をするまで「ホンの一瞬でした」と崎山は言う。三振に打ち取ったら誰よりも真っ先にグラウンドに飛び出したのは背番号12の2年生控え捕手の稲留雄大だった。グラウンドにいた選手たちの誰よりも早く、稲留が2人の元に駆けつけたことをスタンドにいた前園は記憶している。宮脇は「この歓喜の輪ができた瞬間、自分がどこにいたのか、記憶がない」という。時間にしたらわずか数十秒程度だろうか。この瞬間を一度でも多く味わいたいがために、高校球児は日々厳しい鍛錬を繰り返すといっても過言ではない。死闘を勝ち抜いた勝者に与えられるささやかなご褒美の空間。選手たちは何をしたか、記憶はあいまいだが「絶対に忘れられない体験」だったことは間違いない。

 審判をはさんで、一塁側に鹿実、三塁側に薩摩中央ナインが整列して、試合終了の礼をかわす。宮脇は同じ主将の豊住と、崎山は4番・田と、富満は捕手・黒木と抱き合った。
 「次も絶対勝てよ!」
 宮脇は豊住にそう言われた時「めちゃくちゃうれしかった」。162㌢の宮脇と179㌢の豊住が抱き合う光景は「親が子供を励ましている」(宮脇)ようにもみえた。薩摩中央のみならず、鹿実はこの1年、鹿児島のどのチームも目指していた「高い壁」だった。その壁を乗り越えた薩摩中央のナインに、鹿実の選手たちは自分たちの悔しい気持ちをかみ締めながらも「自分たちの分まで頑張って勝てよ」と励ましてくれるほど、大人だった。自分たちが勝った喜びと、鹿実から託された甲子園への想いを胸に、薩摩中央ナインは整列して今大会6回目となる校歌を高らかに斉唱した。

 新緑の森の 紫尾山
 風爽やか 奏でる気品
 自立を誓い キャンパスで
 紫紺のもとに 拓こうよ
 薩摩中央 明日に向けて
 夢・ふるさと ここにある


 勝利を称える校歌は、通常は放送席からテープを流すことになっているが、全校応援などでブラスバンドが入っているときは、その演奏に合わせて歌う。勝利の喜びが大きすぎて、そのことを失念していたのか、校歌が始まるまでしばし間があった。ホームベース付近で横一列に並んだベンチ入りの20人、ベンチ前で立つ神村と部長の坂口崇一郎、3年生女子マネジャーの山下美紀、そして三塁側のスタンド…歌えるものは誰もが声高らかに、まだ産声を上げて7年目の校歌を、歌詞のひと言ひと言をかみしめるように歌い切った。スタンドの生徒たちは肩を組みながら揺れていた。
 保護者会長の前園はその時の記憶が飛んでいるという。「子供たちの顔を見て『やった!』と言ったことは覚えている」。勝利の瞬間、応援グッズのメガホンやペットボトルが宙を舞い、誰もが涙をいっぱいに浮かべ抱き合って喜び合っていた。学校関係者と一般客と、混雑しないように区域を分けるテープが張られていたが、その瞬間はお互いが入り乱れ、抱擁と雄叫びがあちこちで起こっている。スタンドの動きをフォローしていた放送局のアナウンサーや、新聞記者に、試合中大音声を発していた母親たちが取材を受けている…思い返せば、いろんな記憶の断片が蘇るが、一番去来した想いは「子供たちに感謝」することだった。
(続く)
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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

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